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Monsieur Batignole バティニョールおじさん

フランス映画 (2002)

ジュール・シトリュク(Jules Sitruk)が主役のユダヤ人少年を演じた映画。監督と主演の両方をこなすジェラール・ジュニョー(Gérard Jugnot)の演じるバティニョールと、ジュールの演じるシモンが、ドイツ軍、フランス人協力者(対独協力者)、フランス警察の追及をかわし、スイスへ逃げようとする話だ。パリにおけるユダヤ人狩りという点では『黄色い星の子供たち』(2010)を、フランスからスイスへ逃げるという点では、『ベル&セバスチャン』(2013)と似ているが、この映画の特徴は、何といってもバティニョールおじさんのキャラクターにある。如何にもフランス人らしくて、少し無責任で、いい加減で、しかし、人情味があって、ユーモラス。そのおじさんと、磁石のプラスとマイナスのような関係にあるのがシモン。ある時は協力し、ある時は反発して危機を招きながら、行動を共にする。ジュールは映画初出演ながら才気煥発で、さすがフランスで一番数多くの映画に主演しただけの実力の持ち主と思わせる。因みに、1本前の『家なき子』(2000)はTV映画。

シモンは、ドイツ系ユダヤ人の外科医を父に、フランス人を母に持つ2人兄弟の弟で、11才。父は、パリの情勢が危険になってきたので、仲介人に大金を払い、偽造した身分証を手に、一家でスイスに脱出しようと試みる。隣のバティニョール加工食品店に、前夜、ハム泥棒が入らなかったら、巧く逃げられていたかもしれない。しかし、ハムの盗難に気付いたバティニョールが、同居している娘の婚約者の対独協力者にそそのかされ、盗難を医者一家の子供のせいだと信じ込んでしまう。そして、逃亡を阻止するための時間稼ぎをしているという認識など全くなく、家を退去しようとしている医師に苦情を言いに行く。朝から晩まで仕事一筋の単純な人間なので、ユダヤ人は豚肉を食べないことなど知らないのだ。この軽率な行為のため、一家は、警察に捕まってしまう。医師は逮捕が免れないと知ると、持っていこうとしていたルノワールの小さな絵を棚に隠す。医師の逃亡を密告した対独協力者の強引な斡旋で、バティニョール一家と協力者は、医師のアパートに住むことになる(バティニョールは嫌々)。それを許可した大佐の友人の誕生パーティを、もらい受けたアパートで開いている最中に、逃走したシモンがやってくる。バティニョールは、自分のせいで一家を離散させたことへの後悔の念から、シモンを女中部屋に匿い、スイスに脱出させてやろうと、医師が隠したルノワールの絵を求めて、大胆にもドイツ軍大佐の部屋に侵入する。それが思わぬ結果を招き、結局、バティニョールはシモンと、そのいとこ2人を連れて、自らスイスへ向かわざるを得なくなる…

ジュール・シトリュクが溌剌としている。映画の前半では、両親と別れ別れになり意気消沈しているが、後半の脱出行で、バティニョール氏があまり頼りにならないと見るや、しゃしゃり出て来て、時に暴走する。そこが映画に活力を与えている。ジュールの功績大だ。ところで、ジュールは、エンドクレジットで一番最初に名前が出る堂々たる主役ではあるが、逃げ出して帰着するまでの3日間や、バティニョールとドイツ軍との絡みの部分では登場しない。従って、その部分について、あらすじでは簡単に記述するに留め、詳しい紹介はジュールの出演場面に限定する。


あらすじ

1942年7月15日朝。バーンシュタイン医師の元に1人の仲介人が現れ、旅行許可証と、4人分の身分証、洗礼証明書を渡す。2人の兄弟に、父は「今日から お前たちはバーンシュタインじゃない。ジェラールとポール・ルヴィエだ」と言う(1枚目の写真)。「どうして?」とシモンは不満げだ。父は、「もう 話したろ」と言うが、シモンには危機的状況が全く分かっていない。一家は、仲介人の用意した車に向かう。一方、バティニョールは、朝、地下の食料貯蔵庫に降りて行き、ハムやソーセージが盗難に遭ったことに気付き、大騒ぎする。かねてユダヤ人一家に目をつけていた対独協力者の娘婿候補は、一家が逃げ出そうとしているのに気付き、医師の子供が盗んだに違いないとバティニョールに示唆する。シモンのバイオリンを部屋に取りに戻った父の前に、バティニョールが現われ、一刻も無駄にできない緊急時にもかかわらず、長々と説明を始め、「昨夜、ハムを盗まれた」と苦情を言う。その間に、対独協力者は警察に電話をかけ、逃亡阻止の内通をする。汚らわしい人間だ。バティニョールが邪魔しているせいで、ちっとも来ない父。心配したシモンが、「パパ、何してるの?」と呼びに来る。「すぐ済むから、車で待ってなさい」(2枚目の写真)。そうこうしている間に、警察の車が到着してしまう。仲介人はさっと逃げ出し、対独協力者が飛び出て来て警官に指示する。3階にいた医師は、警察の声を聞き、バティニョールを睨み付けると、ルノワールの小さな絵をルイ15世時代の棚に隠す。一家の入れられた護送車は、バティニョールの目の前を通って出発する。車内からバティニョールを睨みつけるシモン(3枚目の写真)。一生恨んでやるという顔つきだ。バティニョールは、自分が何をやってしまったか、少しは気付いているが、それがどんなにひどいことなのかという認識はまだない。
  
  
  

ジュールに無関係だが、ストーリー展開上重要なので、次の主要な場面の要点だけ述べよう。①対独協力者は、将来の妻の父のご機嫌をとろうと、本人の意向は無視して、医師のアパートを貰い受けようと画策する。②アパートの無償譲与を承認したドイツ人大佐は、大佐の友人の誕生祝いをバティニョールのものとなったアパートでやるといい、料理の用意を頼む。③対独協力者は、他のユダヤ人商人から没収した有蓋の小型トラックをバティニョールにプレゼントする。

かくして、いよいよパーティが始まる。大佐は、腰巾着化した対独協力者に不平を言っている。「前回の作戦には失望した。3万人のユダヤ人を期待したのに、1万2千人しか逮捕できなかった」。「フランス警察は全力でやっています」。「不十分だ」。協力者になるのも楽ではない。片や鼻つまみされ、片やこき使われる。そこに、玄関の鈴が鳴る。俗物で上昇志向の妻にこき使われ、玄関の応対までさせられるバティニョール。ドアを開けると、暗がりに子供がいる。「パパ、ここにいる?」。「パパって?」。「僕のパパ」。バティニョールは、ようやく相手が誰か分かり、慌ててドアを閉め、廊下の電灯を点ける。「僕の家で何してるの?」(1枚目の写真)。「もう、君の家じゃない」。ドアの隙間から兵士がいるのをチラと見たシモンは、「ドイツ兵?」と訊く。「ピエール=ジャンの友人だ」(2枚目の写真)。ピエール=ジャンは対独協力者のこと。「今はわしの家だ。書類もある。合法だ。悪いが、君の家じゃない」。さらに、「出ていかんと、お互い厄介なことになる」。「何か食べ物もらえない? 3日も食べてない」。罪の意識もあって、バティニョールは女中部屋で食べさせることにする。
  
  

女中部屋へ上がって行く途中で、「どうやってここへ?」と訊く。「駅に連れて行かれ、汽車に乗せられかけた。その時、パパが、逃げろって言った。だから、後ろも見ずに走った」。「いつのことだ?」。「3日前。逃げるのをやめたら、誰もいなかった」。「3日間、何してた?」。「夜じゅう 歩いた。親切な女の人が汽車賃をくれた。ここで 会えると思ったんだ」。「間違いだったな」。女中部屋に入ると、バティニョールは、「朝までここにいていい。その後は、どこかに行ってくれ。君を助けると、こっちが危ない」と冷たく言う。くたびれているので、イスに座り、寒いと訴えるシモン。「暖房はない。君のパパが、女中には不要だと判断したんだ。どうしてそうしたかは、パパに会った時 訊けばいい」。「もし、会えたらね」(1枚目の写真)。「いつか会えるさ」。「どこで?」。「パリに親戚はいないのか?」。「モンマルトルの近くに いとこ達が」。「きっと、そこだ」「食べ物を持ってくる」。バティニョールが、パーティ会場から毛布と食べ物を取って来ると、シモンはベッドで寝ていた。足を乗せてやり、毛布をかけるバティニョール(2枚目の写真)。
  
  

バティニョールは、頭がかゆくなり、シモンがシラミを持ち込んだことに気付く。寝ているのをたたき起こして、頭を石鹸でごしごし洗う(1枚目の写真)。「僕のいたトコじゃ、200人にトイレが1つしかなかった。石鹸1個が100個分もするんだ。タバコ1本はチキン1羽分。プカプカふかすためにだよ」。「商売は商売。どこでも同じさ」。シラミをやっつけた後で、空になった皿を見て、「旨かったか」と訊く。「バケツに吐いちゃった」。「フォアグラなんだぞ」。食べたことのないシモンには、高級食材も豚肉に思えたのだろう。「紅茶もらえる」。「朝の6時から、走り回ってたんだ」。「じゃあ、バケツを空にして」。「トイレは出たトコだ」。「動くなっていったじゃない」(2枚目の写真)。ああ言えば こう言うシモンの悪い癖の片鱗が見える。
  
  

翌朝、シモンの部屋に朝食を持って来たバティニョール。「それ、コーヒー?」。「紅茶はない。コーヒーは胃にいい」。「これ何?」。「ウチの特製のポーク・パテだ」。「豚は食べない」。「自家製のジャムもある。旨いパンと本物のバター、それにリンゴだ」。「いとこ達に会いに行く?」。「電話する」。「ユダヤ人は電話を使えない。何をしたって法律違反なんだ」(1枚目の写真)。「ドイツ人のせいだ」。「フランス人だよ。1年も電話を使わせてくれない。仕事だってもらえないんだ」。ユダヤ人への差別の実態を始めて知るバティニョール(2枚目の写真)。そこに追い討ちをかけるように、シモンの質問が飛ぶ。「おじさんがパパを密告した」「警察の来るのを知ってた」。「なぜ、そんなことをする。わしは商人だ。好きなのは金儲けだ」。「密告で金儲けができる」。「わしは違う」。「僕の家に住んでる」「僕たちがハムを盗んだって言った」。「言うはずないだろ。豚肉食わないんだから」〔最初の言葉と矛盾している→焦っている〕。「盗みで告訴するって言った」。言葉に詰まって、ペラペラとまくし立てるバティニョールだが、彼の腹は決まっていた。もう少し 匿ってやらないといけない。バティニョールは、暗くなってから、いとこ達の安否を確かめに行く。そこには密告派ではないアパートの管理人がいて、3日前に、夫婦は競輪場に連行されたと話す。7月16日に起こったヴェル・ディヴ事件だ。『黄色い星の子供たち』(2010)で深く厳しく描かれた、あの悲劇だ。バティニョールは初耳だったので、秘密裏に行われたことが分かる。管理人の所には「形見」として2人のいとこが匿われていた。どうしたらいいか困っているという管理人に、バティニョールは、ウチには対独協力者が同居しているからと断る。しかし、彼の乗ってきた車に書いてあった番地をいとこの姉に見られてしまう。
  
  

翌日、バティニョールは、部屋に来ると、「逮捕される前は、どうする計画だった?」と尋ねる。「モレルさんが スイスに行く準備を」。「仲介人か?」。「知らない。墓石作ってる人」。「多分、君の両親は もうスイスにいる」。「でも、連絡がない」。「ここにいるなんて、知らないだろ」。「モレルを捜してやる」。「それで?」。「彼が 連れてってくれる」。「スイスにいなかったら? あの後、逮捕されてたら?」。心配で、シモンの胸は張り裂けそうだ(1枚目の写真)。「駅で逃げた時、後ろなんか見なかったろ」(2枚目の写真)。頷くシモン。「逃げ切って振り向いた時、姿が見えなかったからといって、逮捕されたとは限らない」。バティニョールとしては、なるべく早く、シモンにいなくなって欲しい。だから、「行きたくない。ここにいたい」と頼んでも(3枚目の写真)、「ここには匿えん。君は時限爆弾みたいなものだ。スイスなら安全だ」と断る。対独協力者が同居していては、とても匿えないからだ。
  
  
  

モレルに会いに行ったバティニョールは、話しているうちに、医師が最後に戸棚に隠したものがルノワールの絵だったと教えられる。それが如何に高額っであるかも。バティニョールは、「絵を渡せば、子供を連れていくか?」「イエスかノーか?!」とモレルに迫る。「連れていくが、あんた、無償で危険を冒すのか?」。「無償でだ」。最初の頃と違い、バティニョールは人が変わったように前向きだ。夕方、シモンに食事を持って行った時、「いつ出発?」と訊かれ(1枚目の写真)、「3日以内」と答える。その時、隣の部屋の薄い壁から男女のセックスの音が聞こえてくる。思わず、壁を叩いて「うるさい!」と怒鳴る。しかし、聞こえてきたのは、ドイツ語で怒る声。これは不味いと思い、部屋を飛び出ると、そこには例の大佐がいた。街の女とのセックスを邪魔されて怒る大佐。兄がチフスで部屋にいると弁解し、大佐は慌てて逃げ出すが、大佐のことだから、必ず調べに来ると踏んだバティニョールは、シモンを地下の食料貯蔵庫へ移す(2枚目の写真)
  
  

翌日、バティニョールは、押収されたルイ15世時代の棚を捜しに倉庫を訪れる。大佐ご用達と言えば、どこでもフリーパスなのだ。医師の家具は、2日後にドイツへ移送されるとかで、まだ倉庫に残っていたが、肝心の棚だけない。あまりに上等の家具なので、大佐が自分の執務室に持ち込んでしまったのだ。その日の夜、大佐の司令部に仕出しを届ける際、バティニョールは、高級なシャンパンを手に持ち、「ご機嫌取り」を装って大佐の部屋に行く。ところが、急にドアが開いたので、ドアに鼻がぶつかって鼻血を出てしまう。誰もいなくなった部屋に入った時、大佐付きの副官に見つかり、シャンパンを見せて怪しまれずに済んだが、鼻血が出ているので、副官が心配して医者を呼びに行く。その間に、まんまと絵を盗み出して車に戻るが、棚の引き出しを開けた痕跡を残してきてしまった。バティニョールは、夕食の最中、シャンパンを取りに行くと言って地下室へ向かう。地下への蓋を開けて「行くぞ」と中へ入ると、そこにはシモンだけでなく、2日前に会った2人のいとこも一緒にいた(1枚目の写真)。2人は、夜陰にまぎれ、車に書いてあった住所を頼りにやって来て、先日ハムが盗まれた「穴」から潜り込んだのだ。その直前、副官にバティニョールの怪しい行動を聞いた大佐から、司令部に出頭しろとの電話がアパートにかかってきていた。そして、何事かと心配した対独協力者が、バティニョールを呼びに地下室の入口までやって来る。絶体絶命だ。入口の蓋に内側から鍵をかけ、対独協力者からの「開けろ!」との呼びかけに、「放っといてくれ。さもないと、首を吊るぞ」などと応えるものだから、心配した対独協力者は大きな肉切り包丁で蓋を叩き壊して入ってくる。彼が見たものは、子供達を「穴」から逃がそうとしているバティニョールだった(2枚目の写真)。シモンを見て、「お前を知ってるぞ」(3枚目の写真)、2人のいとこには、「チビの売女め」と呼びかける。下司な男だ。そして、バティニョールにひとくさり文句を言った後、「大佐に電話しろ。ここに来させろ」と一緒に来た婚約者に命じる。もともと対独協力者が好きでなかった彼女(バティニョールの娘)は、「まだ子供よ」と庇うが、対独協力者は急に狂ったような命令調で「従え!!」と怒鳴る。バティニョールは、「もし、お前がまだわしの娘だったら、従うな」と言い、シモンには「君の家族を密告したのは こいつだ。警察も呼んだ」と教えてやる。協力者:「今度は、SSに渡してやる」。娘:「手先じゃないと言ったのに」。「義務を果たしてるだけだ!」。そして、子供たちに「貴様らクズは、収容所行きだ。家畜用の貨車でドイツへ送ってやる。全員出ろ! 行け!!」と叫ぶ。狂気そのものだ。バティニョールの言うことしか聞かないと拒否するシモン。対独協力者は、肉切り包丁をバティニョールの首に突きつけ、「外に出ろと言え」「5秒やる。さもないと殺す」と脅す(4枚目の写真)。あきらめて、階段を登っていく子供たち。
  
  
  
  

狂ったような対独協力者は、気を許した一瞬に肉切り包丁を奪われ、バティニョールに刺し殺される〔映像にはなっていない。包丁の刺さった死体だけが写される〕。いい気味だ。バティニョールと3人の子供たちは、いとこを匿っていた管理人の部屋で夜を過ごす。翌日、バティニョールはルノワールを売って30万フランを手に入れる。半分は娘に渡して疎開を勧める。そして、モレルには頼らず、自分自身で子供達3人をスイスまで連れて行こうと決心する。汽車で、ドール(Dôle)を経由し、スイスとの国境の手前にあるモルトー(Morteau)の町へ向かうルート(472キロ)だ。切符の窓口で「モルトーまで、大人1枚、子供3枚」と言うと、すかさずシモンが、「子供割引 頼んだ?」と口を出す(1枚目の写真)。「何、考えてる? 大人1枚、子供3枚と言ったろ?」。余裕が出てくると、頭が言い分、生意気になってくる。そこが困った点だ。そして、次に待ち受けているのが最大の難関である検問。バティニョールとシモンは、正式にしろ偽造にしろ身分証を持っているが、2人のいとこには何もない。そこで、バティニョールは、封筒に2万フランを入れて警官に渡す(2枚目の写真)。この警官は、運良く対独協力的なフランス人でなかったため、通してもらえた。シモンは、「どうもありがとうございます」と言うが(3枚目の写真)、調子に乗った態度は危険だ。
  
  
  

長いこと汽車に乗っていて、お腹が空いた子供たち。向かい側に座った夫婦が簡単な食事を取っているのを羨ましげに眺めている。シモンが、バティニョールの視線を捉えて、食べる仕草をしてみせる(1枚目の写真)。空腹に気付いたバティニョールは、「子供たちに、パンを売ってもらえませんか?」と頼む。快く分ける夫婦。チーズは喜んでもらうが、「ソーセージは どう?」と訊かれ、一斉に「いいえ」と答える。変に思われるといけないので、バティニョールが「肉が嫌いでね」とフォローする。バティニョールがトイレに行くと、子供たちに質問が集中する。夫:「パパは、何を?」。シモン:「外科医です」。妻:「いいお仕事ね」。その時、妹の方のいとこが、「私のパパは…」と言い始めたので、姉が、「医者でしょ、今、ジェラールが言ったじゃない」と割って入る。シモンも、「ちゃんと話 聞いてろ」と叱る(2枚目の写真)。この妹、軽率にしゃしゃり出るたちなのだ。隣の女性から、「いくつ?」と訊かれ、シモンは「11歳と半です」と答えるが、妹が、「私は8つ、お姉ちゃんは11」と言ってしまう。妻から「半年違い?」と変な顔をされたので、シモンは「パパ、再婚したんです」と何とか取り繕う(3枚目の写真)。それで妻は納得したが、実は、この答えも危険をはらんでいる。姉が11歳になるためには、シモンが妊娠状態にある間に離婚して再婚したことになる訳で、現実にはほとんどあり得ないからだ。
  
  
  

汽車がモルトーに着く(1枚目の写真)。国境の町で、隣はドイツ軍の占領下にないスイスなので、全員が下車する。すると、1人のドイツ兵が叫びながらやって来る。そして、先ほどパンをくれた夫婦と何事か話している。そして、妻が、「あそこにいる」とバティニョールを指差す。これはヤバいと逃げようとするが、ドイツ兵が走り寄って、引っ張って行く。夫婦のところまでくると、「息子さんが医者だと言ったので」と妻が話しかける。シモンを睨むバティニョール。「だって、ホントのことでしょ」(2枚目の写真)。ジュールの表情が何とも言えない。駅舎に連れて行かれると、ドイツ軍の将校が痛そうに横になっている。「医者」を見て、ドイツ語で何か言い始める。すかさず、シモンが、「汽車から降りる時、落ちたんだって」と通訳する。そして、「すぐ戻る」と言って、さっき車内で一緒だった看護婦を呼んでくる。そして、足の形を見て「膝の脱臼だね」。バティニョール:「分かっとる」「まず、痛みをやわやげないと」。バティニョールが不用意に触ると、将校が悲鳴を上げる。すかさずシモンが、ドイツ語で「膝の脱臼です」と教えてやる。「父は医者ですから、治してあげます。安心して下さい」(3枚目の写真)。ホッとする将校。バティニョールは、シモンに、「ドイツ語、話せるのか?」と訊く。「うん、英語と、ロシア語も少し」。看護婦から痛み止めの薬の入った注射器を渡され、間違った場所に打とうとして看護婦に制止され、「外科部長だから」と誤魔化すが、ドイツ兵しかいないので、看護婦との変なうやりとりも疑われない。そして、遂に、捩れた足の治療。子供の頃から子牛の脚で慣れているので、同じ調子で、足首をつかんで思い切り捻る。絶叫する将校。結果いかんと、心配そうに眺めるバティニョールとシモン(4枚目の写真)。幸い、痛みはぴたりと治まり、将校は大喜び。駅の検問はフリーパスで、ドイツ兵に礼を言われて送り出される〔スイスとの国境の町だけに、ドイツ兵による検問があったので、実に幸運だった〕。「身分証すら調べなかったね」と大きな声で嬉しそうに言うシモン(5枚目の写真)。「静かにせんか!」。駅舎を出た所で看護婦と別れる。「ありがとう」と言うと、「感謝なら息子さんに」「そうそう、お子さんに何かあったら、本物の医者にかかって下さいね」。ちゃんとバレていたのだ。因みに、背景に映っているモルトー駅は本物だ。現地ロケを貫く姿勢は賞賛したい。
  
  
  
  
  

国境に向かう途中。姉:「お腹空いた」。「わしもだ」。「脂肪 蓄えてるじゃない」。「汽車で食ったろ?」。「少しだけ」。ここで、シモンが「管理人さんが作ってくれた軽食は?」と訊くと、「忘れた」。「バカみたい」。この姉、何の縁もないのに、ここまで連れて来てもらっているのに、非常に口が悪い。一方のシモン。「お前のやったことはピエロと同じだ」とけなされ、「駅から出られたじゃないか」と反論。「幸い、いい看護婦が見つかったからだ」。「看護婦は、僕が見つけたんだ。おじさんがトイレに行ってる間に、調べてね」。「口を閉じてろ」。「説明だよ」。「女房みたいに、ベラベラしゃべりおって」。シモンの方は正論だが、口が減らないことは確か。その後、シモンが農家を見つけ、バティニョールが食料を買いに行く。ちょっとしたピクニック気分だ。しかし、シモンの父親の話から、第一次大戦中の話になり、バティニョールが、「砲弾や銃弾が飛び交う塹壕の中だぞ」と、如何に大変だったかを話した後に、うっかり「お前たちは運がいい」と言ったものだから、気まずい空気が流れる(1枚目の写真)。その後、姉が「暑い」と言い出す。「脱げばいい」。「やめとくわ」。その言い方を見ていたシモンが、「おっぱいに自信ないんだ」とニヤッとする〔「nichons」という卑語をわざと使っている〕(2枚目の写真)。「何てバカなの」。「つける薬はないだろな」。憮然とした顔でバティニョールを見るシモン(3枚目の写真)。ジュールらしい「ふくれっ面」だ。
  
  
  

いとこ達が渓流に入って遊んでいる間、シモンは、勝手にサクランボを食べている。バティニョールに咎められ、「デザートだよ」。「盗みだぞ」。その時、農場のおばさんが、「構わないわよ」と声をかけてくれる。さっき食べたチーズを、「おいしかった?」と訊かれ、「うん」と答えるシモン。「『うん』 だと?」。「はい」。シモンは、医師の息子であることを誇りにし過ぎているから、医師より「目下」の人には言葉が悪いのだ。これは良くない。遠くから、いとこ達が声をかけてくる。おばさんは、バティニョールに「何人いるの?」と訊く。「3人」。「どこから来たの?」。ここで、シモンが口を出す。「パリから。スイスに行くんだ」。「わしと話してるんだぞ」(1枚目の写真)。「あんた達が初めてって訳じゃないわ」。「うまく越えられた?」。「仲介人によるわね」。ここで、シモンがまた口を挟む。「誰か知ってる?」(2枚目の写真)。「大抵にしろ!」。「怒鳴るなよ!」。「しゃしゃり出るな!」。シモンは、バティニョールが頼りないので、自分が仕切る気でいる。その生意気さがシモンらしいのだが、それが危機につながっていく。
  
  

バティニョール一行を家に招き入れるおばさん。彼女がこんなに親切なのは、夫がドイツ軍の捕虜にされているからだ。息子のマルタンに「夕食用にウサギを殺せる?」と訊くと、バティニョールは「わしがやる」と助け船を出す。しかし、この好意が物事を悪い方向へ押しやるとは、知る由もなかった。バティニョールは、シモンにウサギのさばき方を見せる。死んで吊り下げられたウサギがピクピクしている。「まだ動いてる」とシモンが気持ち悪そうに言う。「神経だ。パパから 何も教わらなかったのか?」。神経とは、自律神経のことだ。「見たことないだろ。こっちへ来い、皮の剥ぎ方を見せてやる」。そして、渾身の力を込めて、「パジャマを脱がすように引っ張る」と言って、一気に皮を剥ぐ(1枚目の写真)。バティニョールの力をこめた顔が凄い。ウサギの可哀想な姿に、バティニョールのことを「化け物だ」と非難するシモン。「食べてから 言うんだな」。「絶対 食べない」。この対峙は、夕食の際に加速する。シモンは、ウサギ料理に手を付けない。おばさんが、「食べないの?」と聞いても、「ウサギは嫌いだ」。バティニョール:「まず、食ってみろ」。「変な臭いだ」。マルタンが代りに食べたいと言うと、「だめだ。食べるまで、ここから出さん」。シモンは、ひねくれて、「これウサギじゃない、猫だ」と言い出し、それを聞いた いとこが食欲をなくす。バティニョールは、「やりすぎだ、シモン」と、うっかり本名で叱ってしまう。マルタンに、「ジェラールなんじゃ?」と訊かれ、「バカの でっち上げだ」と八つ当たり。シモンは「バカじゃない」と反論。「命令するな。何様だと思ってる? もう、うんざりだ!」。シモンも「あんたが『シモン』と!」と反撃に出る。こうなれば、もう喧嘩。バティニョール:「口答えするな!」。シモン:「怒鳴り声は、もうたくさんだ」と立ち上がって口を尖らせる(2枚目の写真)。そして、「パパと会ったら…」と言いかけて、バティニョールに頬をぶたれる。「大嫌いだ、デブのバカ野郎!」と怒鳴って(3枚目の写真)、テーブルを離れるシモン。決裂だ。
  
  
  

その夜、シモンとマルタンは、こっそりタバコを吸いながら密談している。シモンは怒りとタバコで心にもないことベラベラと口走る(1枚目の写真)。そして、何も知らないマルタンは、それを事実として受けとる。シモン:「敵をだますため、僕の父だと言った」。マルタン:「誰なんだ?」。「隣の人で、名前はバティニョール。両親は、あいつのせいで逮捕された。アパートを盗み、お金も盗んだ」。「たくさん 盗んだのか?」。「カバンに13万フラン入ってる。数えたんだ」。「山に連れてって、金と一緒にドロンする気だぞ」。マルタンは、自分の兄がレジスタンスの幹部の一人だと言い、スイスに連れてってくれると話す。実際は、兄はレジスタンスに入りたいと思っているだけの役立たずだが、マルタンはそのことを知らない。翌日、シモンはお金を持ってマルタンと村へ行き、カフェで兄と会う。きわめて無用心な行動だ。スイス行きの商談がまとまった後、マルタンが「バティニョールも殺す?」と兄に訊く。シモンは、慌てて「しなくていい。ピエール=ジャンこそ、ろくでなし、対独協力者だった。バティニョールが殺してくれた」。「昨夜と 話が違う」。「昨夜は『シュルミール』だった」〔シミュールは、イディッシュ語で「間抜け」の意味〕。「昨年の『贖いの日』にも、タバコと酒で、テープルの上で踊っちゃった。昨夜も同じ。べらべら口走った。バティニョールは いい人だ。他のフランス人は、みんな密告するけど」。しかし、こうして不注意に発せられた言葉に、シモンの後ろに座っていた1人の男が耳を澄ましていた(2枚目の写真)。特に、イディッシュ語と『贖いの日』はユダヤ人であることの証拠だ。その男の存在に気付いた兄は、マルタンに「来るんだ」、シモンに「お前なんか、知らないぞ」と言って逃げてしまう。代りに後ろの席の男がやって来て、「フランスの警察だ。一緒に来い」と身分証を示して命じる(3枚目の写真)。
  
  
  

警察署に連行されたシモン。フランス人でありながら、ドイツ軍の手先となっている中尉が、シモンを尋問する(1枚目の写真)。シモンに近寄り、手を見ようとする中尉。シモンはその手を払いのける(2枚目の写真)。しかし、チラと見ただけで「ピアノでも弾く手だな」と鋭く突っ込む中尉。黙っていればいいのに、「バイオリンを弾いてる」としゃべってしまう。情報を与えてはいけないのに、自分の方がスマートだと思い込んでいるので、「音楽学校で賞ももらった。ローゼンフェルド先生のクラスだ。5年間ずっと」とペラペラ話す(3枚目の写真)。如何に自分が立派かを自慢したいのだ。しかし、この自主的な情報提供は致命的だ。そこに、バティニョールが、警察からの呼び出しを受けて駆けつける。そして、シモンを連れて帰ろうとするが、中尉に阻止される。中尉は、バティニョールに、「息子さんは、カフェで ユダヤの言葉を使ってた」と指摘。バティニョールは、動揺して「カフェで何をしてた? 答えろ、シモン!」と決定的なミス発言をしてしまう。シモンはユダヤの名前だ。中尉は、シモンを別室に追いやり、バティニョールを質問攻めにする。「息子さんは、楽器を弾くかな?」。「もちろん」。「どんな楽器?」。「バイオリン」。バイオリンのことは聞いていたのでここまでは正解。しかし、上手いか下手かは知らない。そこで、「耳障りな音をいつも立てて」と言ってしまう。「音楽学校で賞を取ったと聞きましたが」。「小さな音楽学校です」。そして、最後の一手。「バイオリンの先生の名前は? 本当の息子なら、5年間習ったバイオリンの先生の名前くらい知っているはず」。ぐうの音も出ず、「フランスの警察はひどいと聞いてたが、最悪だ」とブチ切れ、自らユダヤ人になった気で、中尉の態度を非難・攻撃する。「君は、わしを人間のクズみたいに扱うが、どっちがクズなんだ」。それを聞いた中尉は、「指令官に電話しろ」と部下に命じる。その時、シモンがドアを開け、銃に似せたものを向け、「手を上げろ!」と叫ぶ。手にしたものを見て笑う中尉の股間めがけてバティニョールの蹴りが入る。苦痛にもだえる中尉。ユダヤ人に同情的な部下は、お金の鞄を「ムッシュー」と投げてくれ、バティニョールとシモンは奇跡的に脱出に成功する。
  
  
  

バティニョールは教会に直行する。そこの神父さんが、スイスへ連れて行ってくれる仲介人なのだ。奥の居室まで入って行き、名前を言うと、神父は「知っています」と言ってドアを閉める。シモンは、「神父さんが?」と驚く。「ラビを期待してたか?」とバティニョール。ラビはユダヤ教の指導者のこと。予定時刻よりすっと早く訪れたので、「どうしました?」と神父が訊く。警察で大変だったと聞き、教会に入る音が聞こえたので、急いで2人を聖衣棚に隠す。警察も、まさか神父がユダヤ人を匿うとは思わないので、一通りの質問をしただけで出て行く。神父は、「事態が沈静化したら、農場まで送ります。夜明けには出発です」と話してくれる。神父が、部屋に鍵をかけて出て行った後、バティニョールは「なぜ村に来たんだ?」とシモンを問い詰める。シモンは「Comme ça」と返事する。色々な意味があるが、この場合は「さあ…」くらいか。「なぜ お金を?」。「マルタンの話だと、あなたが あのおばさんと残りたいと思ってるって。だから、誰か助けてくれる人を見つけようと…」。「何をバカな。わしは、君らをスイスに行かせたい一心なんだぞ」。恥じ入るシモン(1枚目の写真)。彼としては珍しい。軽はずみな行動はいけないことだと、少しは薬になったのかも。2人は神父に先導され、夜陰にまぎれて教会から農場に戻る。そして、車庫の自動車の中にいとこ達と一緒に隠れる。検分に来た中尉一行が帰ると、おばさんが車までやって来て、「低能どもは行ったわ。後は 神父様を待つだけ」と様子見に来る。目を覚ましたシモンが、「お腹空いた。ウサギ残ってない?」と訊いて(2枚目の写真)、バティニョールに頭をポンと叩かれる。「しょうのない奴だ」という意味を込めた軽い「ポン」だ。何せ、ウサギを食べるのを、あれほど嫌がっていたのだから。
  
  

まだ暗い早朝、昨日の神父が迎えに来る。一行はきつくない山道を数時間歩くと国境に辿り着く(1枚目の写真)。スイス北西部はなだらかな丘陵地帯になっているので、『ベル&セバスチャン』のような氷河の先にある高い峠ではない。左側に国境を示す石が置いてあるが、地続きの丘の一部にしか過ぎない。だから、越境にこの場所が選ばれたのかもしれない。バティニョールは、シモンの額にキスし、「さよなら、シモン」と声をかける。シモンは、初めて純粋な気持ちから「ありがとう」と言う(2枚目の写真)。バティニョールは、シモンの目線より下にしゃがむと、「わしこそ、あいがとう」と言う。加工食品の店主として何も考えずに生きてきた自分に、一生で一度、素晴らしいことを成し遂げさせてくれたことへのお礼か? 感動的な言葉だ。犬の鳴き声が近付き、神父に促されてシモンたちはスイスに入って行く。それを見ていたバティニョールは、神父に、「先に行って下さい。わしを待たないで。感謝致します」と言うと、一目散にシモンたちを追って行った(3枚目の写真)。3人には、少なくとも当分は親がいないこともあるだろうし、バティニョール自身も行き場所がないので、これは当然の結末だと思う。
  
  
  

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